昔、打ち合わせで高級ラウンジに行ったことがある。お客さんのお店だ。
ここは基本ラウンジだけど、完全予約でフレンチとか食事も出している。
営業の人と2人で行った。お店に置いてもらう商品の打ち合わせがメインなのでほとんど営業の人がしゃべる。
当時、私は販促物とかを作る仕事をしていた。メニューのデザインどうしたいとか、テーブルに置くこういうPOPみたいなのが欲しいとか、そこの打ち合わせだけ。いつも同行することはほぼないんだけど、店の人が直接作る人にあって話したいということで急遽同行することになった。
入る前から高級感が漂い、敷居の高さを感じさせる。ドアを開けて中に入ると、物凄い存在感のフラワーアレンジメントがデデーンとあった。仮屋崎さん作みたいな感じの。すげー。もう怯む。私みたいなもんが入っていいんだろうか。
「いらっしゃい。」ママが出迎えてくれた。
50代前半だろうか。年は重ねてるけどめちゃくちゃ綺麗だ。気品と風格と漂わせまくっている。
「お食事しながら打ち合わせしましょう」
テーブルには、スプーンとかフォークとかナイフとかセットされている。高級なお店にほぼ行ったことがないので、マナー知らないし緊張する。とりあえず外側から使えばいいはずだ。あと、スープは手前から奥に向かってすくう。このくらいの知識しかない。
「お酒飲んで大丈夫かしら?大丈夫なら飲みながら話しましょう」
直帰にしていたので、「じゃあ、いただきます」と言った。
食前酒の後、ワインを出してくれた。普段ワインは飲まないんだけど、すんごい飲みやすい。
前菜が出て、スープ、パン。スープ飲むの難しい。手前からすくって口に持ってくる間にスープがこぼれそうだ。細心の注意を払って口に運ぼうとするがもうポタポタとテーブルに落ちていた。真っ白いテーブルクロスに黄色いシミがついた。でも2人は打ち合わせに夢中でこっち見てない。セーフ。次こそは……失敗できない。
スプーンを口に近づけていき、口からもスプーンをお迎えににいった。またちょっとこぼした。ママがちょと見た。やばい。育ちの悪さがバレる。
あはははっといいながら、おしぼりでテーブルクロスをふいた。多分絶対こんなことしてはいけないはず。白いテーブルクロスは、パンくずとこぼしたスープでめちゃ汚くなっていった。ちゃんと綺麗に食べないとと思うあまり、逆にとんでもなく汚い食べ方になってる…もういやだ……
あーもういややな。普通に食べたい。
肉料理が運ばれてきた。さっきスープがきたけど、また小さいスープみたいなのが皿にのってる。小洒落た盛り付けだ。スープを先に飲んだ。さっきより結構味付けが濃いめでクリーミーだ。ちょっとしょっぱめだけど、美味しい。今度はこぼさず上手く飲めた。
メインの肉を切って食べよう。めちゃくちゃ弾力があって、なかなか切れない。やっぱりいい肉は違うな〜。力づくで切ろうとして皿がガシャンと音を立ててしまった。
あはははっ。失礼しましたと言ってごまかした。営業のA氏がチラッとみて耳元で言った。
「それナイフ、逆!!」
そのあと、ジロリと白い目で私を見た。
え?どいうこと?
ナイフは、デザイン性のあるものでちょっと変わった形をしていた。
私は、ナイフの背の方で必死に力づくで肉を切っていたらしい。
弾力があるとかそういう問題ではなかった……はずっ!めちゃくちゃ恥ずかしいやん!
また2人が話を始めたので私は、また食べはじめた。今度は、ちゃんとナイフの刃で肉を切った。めちゃ簡単に切れる〜!(感動)
にしても肉自体はあんまり味がしないし、美味しくない。申し訳ないけど。上にハーブみたいなのが乗ってたから、これ一緒に食べるのか?いや違うな〜。フレンチってこういうハーブの香りだけで食べるものなのか?私が肉を口に含んで首を傾げているとママが言った。
「ソースかけて召し上がってね」
ん?ソースかけて召し上がってね?ソースかけて召し上がって…ソース?
ソーーースーーーー!!!!!
さっきのスープ、ソースーーー!!!
やっば!もう隠せない。
あはははははっ。あっはははは。笑うしかなかった。
A氏がまた耳元で言った。「もしかして全部飲んだん?」
「はい。スープと思って。全部飲んだ。どうしよ」
ママが気づいて、ひきつった笑顔で私に言った。「ソースだけ用意しましょう」
いやいや、そんな恐れ多いことできない。
「ソースも美味しくって気がついたら全部飲んでしまいました。お肉、ハーブの香りがきいてるので、これだけでも十分美味しいです。」苦しい言い訳をした。
みんなで笑った。「あはははっ。あははははー」と完全な作り笑いで。
その後、A氏に膝を軽くパンチされた。顔を見た。「もうこれ以上、恥ずかしいことしないでくれ」といった表情をしていた。
もうどうしようもなくいたたまれなかった。その気持ちを和らげるために、お酒を飲んだ。グラスが空くたびにママが高級なシャンパンをついでくれた。高いシャンパンは、すごく飲みやすくてボトル半分以上空けてしまった。
酔いがかなり回ってきた。急にきた。眠くなってきた。やばい。ぼーっとしてきた。一瞬寝てたら、A氏に「mayuさん!mayuさん!」と言って膝をバシッとやられた。
やば。寝てた。今から私とママが話さないといけない。でも、もう眠い。ママがしゃべっているのに、酔いすぎて話が全然入ってこない。天井が回ってる。なんかしんどい。私は、椅子の背もたれに肘を乗せて、舌で奥歯に詰まったものをとるような仕草をしていた。食堂で定食を食べ終わった後のおっさんのようなスタイルだ。きちんと見せようと取り繕うことも、もう放棄していた。
ママがなんかしゃべったけど、瞳孔開いたままぼーっとしてた。私の太ももに衝撃があった。「痛っ!」A氏にまあまあの力でグーパンされていた。
そして「しっかりしてください!!」と怒られた。
我に返った。だめだ。だめだ。今、仕事中だ。何やってるんだ私は。
落ちてくる瞼を必死に引き上げ、速攻でママとの打ち合わせを終わらせた。もうしたいっていうこと全部わかりましたって。どんなの風にしたらいいかしら?……いい感じでやってみます。「わかりました」と「いい感じで」で乗り切った。メモを取ろうにも酔って字が書けない。A氏が全部メモってくれた。まあ、どうにかなるだろう。
打ち合わせも食事も終わり、2人で深々と頭を下げ、店をでた。
出てすぐにまた怒られた。
「もう、いい加減にしてくださいよ。失礼極まりないですよ。マナーも無茶苦茶やし。こぼすし、寝るし。たっかいシャンパンがぶ飲みするし。打ち合わせですよ。考えられない。」
「あ、はい。ごめんなさい。」だいぶ年下にめっちゃ怒られてる。情けない。
結構凹んで、帰りに『大人のテーブルマナー』という本を買って帰った。
ソース飲むとかナイフの背で肉切るとか…マナー以前の問題だけど…
後日、A氏に打ち合わせの時のメモを見せてもらったが、何を書いているのか全くわからなかった。そういえば、この人、社内で一番字が汚いんだった……アラビア文字みたいだ。本人さえ読むのに苦労していた。で結局、ママにもう一度電話した。
こんなんで、よく契約切られなかったものだ。ママの心の広さには感謝しかない。