昔々その昔、勤めていた会社の上司の話。
【部長に遭遇!?】
会社の忘年会。3件くらいハシゴして、散々飲んでカラオケにも行ってお開きとなった。帰り道の商店街を同僚と3人で歩いていたら、部長が前から歩いてくる。真っ直ぐ歩けてない。かなり酔ってそうだ。
部長は、他の会にも顔を出さないといけないからと、1件だけ行ってすぐ抜けた。まさか帰りに、ここで会うとは……
「あれ、部長じゃない??」
「うわ、まじか!? どうしよ。もう帰りたいー。挨拶したら絶対誘われるよな〜」
「え〜もうこれ以上飲めないし、気遣うし、絶対嫌や〜」
「ヤバい。ヤバい。近づいてきた。絶対そうや!」
「その曲がり角曲がる?いや、絶対わざとらしいって。もう気づいとるって!」
部長は、部下と飲むのが大好きな人だ。今うちらに気づいたら「もう1件だけ行こう」と誘われそう。3人とも一瞬スルーしようとしたが、目が合ってしまった。
「あっ!部長!おつかれさまです!」
今気づいたかのように1人が言った。
「あ!部長じゃないですか〜!おつかれさまです!びっくりしました〜!」
私も続いてわざとらしく言った。
「おー!おつかれ〜。今帰りか?気をつけて帰れよ〜」
「はいっ!ありがとうございます!失礼します!」
その後、めっちゃ早足で競歩ばりに、商店街を駆け抜けた。免れた〜!!!と思ったのも束の間。A君の携帯が鳴った。部長だ……
「どうされました?」
「はい……はい……はい……はい……はい……わかりました……向かいます……」
A君の「はい」のテンションで全てを悟った。終わった…。1件だけ一緒に飲みに行こうと。部長がよく行くBarに来るようにと。さっき、見逃してくれたのにー。やっぱり行きたいってなったのか。もう嫌だー。でも、行くしかない。今なら、こういうのパワハラになるのかも知れないけど、当時は上司に誘われたら、よほどの理由がない限り絶対参加だった。(私のまわりは。)
【黒ビールとナッツ】
Barに着いた。部長が手招きした。
「こっちこっち〜!」
3人ともこの世の終わりくらい暗い顔をしていた。部長は、こちらの空気を察することこなく、異様にテンションが高い。
「お前たち、遅かったじゃないか〜。心配したぞぉ。飲もう飲もう!とりあえず黒ビールでいいな!」
私たちの返事を待たずして、黒ビールを3つ注文した。
えーーーー!!!嘘やろー!!黒ビールーーー!
もう散々飲んで気持ち悪い。この状態で黒ビールはキツい!黒ビールだけは勘弁してほしい。嫌いなわけじゃないけど、散々飲んだ後に黒ビールは無理。みんな顔が死んでる。みんな同じこと考えてるに違いない。普通のビールならまだしも……罰ゲームだ。
部長がトイレに行った。その隙に、小声で文句を言う。
「なんで黒ビールやねん!まじ吐きそう」
「会話もないし、眠いし、もう帰りたい。」
「ヤバい!きた、きた、きた!」
トイレから帰ってきた部長は、おしぼりで手を拭いたあと黒ビールの横に置いてあったナッツの器に手をつけた。なんとなく見ていたら……
それをグイッとビールを飲むように一気に口に持ってった。
バラバラバラバラ……
テーブルの上にも、床にも、器に入っていた全部のナッツがパバラバラと散らばった。
私たち3人とバーのマスターみんな驚愕!固まってしまった。
こわいこわいこわいこわい。こわいってー部長ー。マスターもドン引きしてる。
黒ビールと間違えてナッツを飲もうとしてしまったようだ。泥酔し過ぎてナッツが散らばったこともあまり分かっておらず「あれ〜」と言いながらまた普通に黒ビールのグラスに口をつけた。私たちがナッツを拾って、マスターに小声で謝る。
「すみません。申し訳ないです。だいぶ酔ってるみたいで……」
「俺がこぼしたのか?すまん。マスター申し訳ない……」
と言った後、テーブルに突っ伏して寝始めた。だめだこりゃ。
私もかなりいい感じに出来上がっていたけど、一気に酔いが覚めた。どんなに酔っていても上を行く酔っぱらいがいたらシラフになる。
「マスターほんとすみません。」
「いえいえ、部長こんなになってるの初めてみました。だいぶお疲れなんでしょう。」
と言って微笑んだ。
マスターええ人……。にしても、お疲れなんだったら私ら呼ばず帰ればいいのに……全く。
【2度目のカラオケへ】
もうずっと寝てるし意味ないので、無理やり起こして帰ることに。
「部長!もう帰りますよ!」
「おっ、おーぅ。すまん、すまん。」
Barを出たら、また復活したようだ。
「カラオケ行こう!カラオケ!」
「いえ、さっき行ってきました。もう帰りましょう。12時過ぎてますし。」
「そうかー。さっき行ったのか〜」
「そしたら、マユさん送ってくからお前らもう帰れ!おつかれ!」
いやいや、こんな酩酊してる人に送られたくないし、逆にこっちが送り届けなければならなくなる。
2人は、もうここぞとばかりに、私に押し付けて
「どうぞ、どうぞ!お疲れさまでしたー!」
と言って逃げるように去って行った。くそ〜!アイツら〜!!!2人になったら、部長がまた言った。
「カラオケ行こう!カラオケ!」
「さっき行ったって言ったじゃないですか!もう何回もいいですよー」
「もう1回歌ったらいいじゃないか。行こう!」
最悪だ……結局、さっき行ったカラオケBOXにまた行った。受付の人もびっくりだ。2時間くらいしてまた来るなんて。今度は、おっさんと2人で。
あんなにカラオケ行きたいって言ってたのに、部長は、また寝始めた。もうなんなんだ。このおっさん……
60分ひとりで歌いまくった。ひとりカラオケだ。声が枯れそう。もういい加減飽きた。帰ろ。置いて帰ったろかな。でも、それはまずいか〜。
「部長、帰りますよ!もう置いて帰りますよ!」
「あれ!歌った?」
「歌いまくりました。もう声枯れそうなんで無理です。帰ります!」
「お、おーぅ、すまん、すまん。」
何しにきたんだ?まったく……
【ダブルの部屋ご用意できます…だと?】
吐くのだけはやめてほしいと思いながら、2人で歩いた。
私が泊まる予定のビジネスホテルに着いた。
「ここで大丈夫です。今日はありがとうございました。お疲れさまでした。」
「色々、付き合わせて悪かったな。宿代払わせてくれ。」
そこそこ高いので払ってくれるなら、ありがたい。
受付で、シングル1部屋空いてるか聞いた。
「はい。シングル空いてますが、今のお時間でしたらお二人様でも同じ価格でダブルの部屋ご用意できます。いかがでしょうか?」
は?? 違う違う!そうじゃない!
こんな時間におっさんと2人でビジネスホテルの受付来たら不倫カップルとでも思われてるのか?めっちゃくちゃ嫌だ。鳥肌が立つ。「は?」って顔してたら部長が言った。
「そうなんだ?どうする?」
「はぁー?? いや、どうもしませんよ。何言ってるんですか?」
私は、軽蔑した目で部長をジロリと睨んだ。
「うそ!うそ!冗談!冗談!僕は、保護者みたいなもんです。この子酔ってるんで、ちゃんと受付できるか心配で……」
いや、おめーだよっ!酔ってるのは。
「じゃ、私は帰るから、これで宿代払いなさい。」と言って1万円を私に渡してきた。
このタイミングで渡さないでぇ〜!! 受付の人にますます怪しい関係に思われる……
そんなこんなで、悪夢のような夜は終わった。
【口止め料は1000円!?】
休み明け。部長が出勤してきた。お釣りを渡さなければ。
部長の席に行こうとするもなぜか、逃げるように席をたつ。休み前に酔い過ぎた自分が恥ずかしいのか?まだ、出社してる人が少ないので今のうちに渡しておきたい。席ばっかり立つので呼び止めた。
「部長ーー!!部長ーーー!!ちょっといいですか!」
「お?おはよう!!」
今気づいたみたいに言う。わざとらしい。
「先日は、ありがとうございました。これお釣りです。」
「なんの?」
うそ?覚えてないのか?
「ホテル代ですよ。」
近くの席の子がチラっと見た。
違う違う!そうじゃない!違う!違う!そうじゃなーい!
また勘違いされる!もう、とっとと受け取ってくれー!
部長も周りに目が気になるようで、
「お、おぅ。」と言って受け取った。
その後、部長はあの日、一緒にいた同僚の2人をミーティングルームに呼んだ。20分くらいして2人が出てきた。そして私のところにきて言った。
「なんかあったんですか?あの後、部長と2人でどこ行ったんですか?」
「いや、また同じカラオケBOX行って、寝てるから1人で60分歌って、私はビジネスホテルで泊まった」
「2人で泊まったんすか?」
「そんなわけあるか!気持ち悪いこと言わんといてよ!」
「なんか、部長が僕ら2人に(この前はお疲れ。あんまり記憶ないんだ。すまなかったな。マユさんにも悪いことした。これでコーヒーでも飲みなさい)って2人に1000円ずつくれたんですよ。コーヒー代で1000円って完全に口止め料ですよねっ。それで一緒に泊まったんかなって」
「あほー!そんなわけあるか!なんかあったとして、口止め料1000円てどんだけ安い女なんや!私!」
誤解を解かなければ。
すぐ部長の席に行って、言った。
「フロントまで送ってもらっただけですから。なんもないですからね。」
「おぅ。すまんなぁ。何も覚えてなくて。」
小声で話してたので周りから見るとますます怪しい。
その後、ちょっとだけ変な噂が流れて、説明して回るのがめんどくさかった。
上司と2人だけで行動するのは要注意!と悟った20代の冬の話。
中年になり、肝っ玉かあさんのような風貌になった今。こんな時期もあったなぁ〜勘違いされるうちが華だったのかもなぁ〜なんて呟いてみる……